1999年08月20日

胸に去来するもの

 ツーダンフルベース。力を振り絞りピッチャーが放った白球は、意地をかけたバッターに見事跳ね返された。逆転サヨナラのランナーがガッツポーズをしながらホームに帰ってきた。それを見つめて立ちつくすキャッチャー。アンパイヤのゲームセットとかけ声。足を引きずりながらファーストから帰ってきた殊勲打者は、泣いていた。

 白球がバットに弾かれた瞬間、ピッチャーはその場に崩れ落ちた。球の落下点を見定めることもせず、呆然と地面を掴んでいた。キャッチャーが声をかけるまで、そのままだった。
 常勝・智辯和歌山は、岡山理大付属に逆転サヨナラ負けを喫した。
 負けるはずはない、と、ナインは皆信じていたはずだ。今日も素晴らしい試合運びで、つねにリードしていたのは智辯だった。先制点を取られたってすぐに跳ね返したし、ピンチになっても大人びていると思えるほど落ち着いたプレーで切り抜けた。実力は全て発揮していた。
 4対3で迎えた9回裏、智辯和歌山はこの夏初めての背水の陣とも言える満塁策を取った。次の打者は前の回に負傷している。常に勝つ事を要求され続ける智辯和歌山にとって当たり前の判断。バッテリーは人生一度の夏を賭けて、球を外したのだ。ナインの気持ちは一つだったに違いない。
 しかし、人生一度の夏を賭けていたのはバッターも同じだった。足は痛いが、この輝かしい夏の舞台を途中で降りる事、ましてや自分のせいでナインの夢を中断させるわけにはいかない。
 時に人は、極限の状況で爆発的なパワーを発揮する。極限状況でバッターは、無我夢中で、白球を弾き返した。息をのむような空気を切り裂いた白球は、岡山理大付属ナインの気持ちを載せ、センタースタンド手前まで届いた。
 智辯ナインに突然訪れた敗北感と開放感。それぞれの胸に去来するモノはいったい何なのだろう。
 勝利の女神をスタンドに欠いた智辯和歌山。多分、夏は終わった。


Posted by たおまさ at 17:51