1999年06月27日

男女間の極み(酔論)

 男女の極みなんて言っても、全然極めてなんかいないからなあ。だって、男女を極めるっつうのは、ヒンドゥ教的に究極のSEXを極めることとか、もうやり尽くしちゃってどうでもいいやとか全然思ってないし。まあ、いままでイロイロあったけど、それが理解につながったかっていったら、どうなんだろう。男と女って全然違うモンだからなあ。

 だいたいSEXってふたつの面があるでしょう、快楽と生殖っていう。快楽っていう方はお互い共有できるだろうけど、男って生殖の部分が欠落してると思うんだよね。女は生まれたときからもっててさ。やっぱり決定的に違うところだよね。男ってつまらないし。僕は女って素晴らしいっていうか、羨ましいと思ってる。女がどう思うはわかんないけど、なんか男っていいように利用されてるんじゃないかと思うときがあるよ。男が得るもんて大した事ないからなあ。

 んー、だけど理解っつう面じゃどうなんだろう。まあ女の子と下ネタ話すのっておもしろいけどね。男同士で話してるんじゃあ分からないような事がいろいろ出てくるし、「そっかー」とか思うよね。だけどそれって理解じゃないんだろうな。だって男と女は根本的に違うトコから始まってんだしさ。よく「男とか女とかは別にした人間同士」なんていう奴がいるけど、そんなこと言ったってしょうがないんだよね。だって違うんだから。違うっつう事を無視しても駄目なんだよ。さも平等風に言う方がよっぽどどっちの事も無視してるように思えるね。そんなこと言ってるうちは理解なんてできないんじゃないの?っていっても僕が女の事理解できてるかって言ったら、やっぱできてないと思うけど。

 理解っていってもいろんな意味があって、幅広いじゃん。一概に同じだって言えないよね。恋愛が伴う男と女の理解があれば、無いのだってあるし、こういう事考えるのって大抵男だけだよね。だいたい女ってこんなくだらない事考えないと思うもんな。男って変にロマンチックな所あるし、そういう意味じゃあ女って現実的みたいだから、考えないんだろうな。やっぱり決定的に違うよね。

 やっぱり、最後はサービス精神なんじゃないかと思うよ。何にしても、相手の事をどれだけ考えて、相手の要求を満たしてやれるかって言うのが理解につながると思う。違うって奴もいるだろうけど、それはそれでいいんじゃないの。誰もがみんな同じように思う訳ないし、同じだったら気持ち悪いじゃん。

 それに、こういう事が簡単にわかっちゃったら何もなくなっちゃうよ。それじゃあつまんないよね。分からないからいいって事もあるしさ。しかも、「分からないからもういいや」になっちゃったら、理解だって無くなるんじゃないの。誰かの事考えてるから、理解ってしたくなるんだろうし、そういう事考えるんでしょう。考えてみれば、自然と、理解したい相手の事をもっと知りたくなるし、どうすれば喜んでくれるかとか、また考えて、サービス精神が出てくると思うんだよね。元々違う種類のもんだからこそ、そんな風に考えて行く事が、理解につながるんじゃないの。

 やっぱ、男と女は違うから面白いんだと、僕は思うけどね。


Posted by たおまさ at 15:35