1998年01月07日

日常の憂鬱の中で

 今日私は、ある女性に会う為に、仕事を早めに切り上げた。

 待ち合わせの彼女が指定した喫茶店まで、僕は、普段からは想像もつかないようなスピードでかっ飛ばし、今、到着したところだ。ふと時計を見ると、午後7時5分。少し遅れたが、何とか間に合ったようだ。

 私の事を、女性とは無縁であると勘違いしている貴兄のために、説明しなくてはなるまい。その女性とは、僕の高校時代の友人で、今日久し振りに会う事になっているのである。彼女からは、30まで貰い手が無かったら貰って等と言われている。無論、たちの悪い冗談だろうが、私としても悪い気がする筈なく、それはそれでそこそこに受け流しているのだが、彼女にも選択の権利というものが存在するし、私独りで盛り上がるのもかっこ悪いから、今日はそれには触れないでいようと思っている。とにかく彼女と会うのは何年ぶりの事だろう。私は様々な想いの余り、扉の前でふと立ち止まった。

 彼女との付き合いは、高校1年の初めからである。しかし正確にはその間に、お互いに全く連絡を取らなかった空白期が何度かある。
 我々が出会ったのは、高校1年の初めである。初めのうちは、お互いウブだったのか、これといった付き合いはなく、特に私は同性の友人とつるんでいる方が面白かったから、別段意識はしていなかった。しかしその頃の私には、雑誌やラジオに結構真面目な事を投稿するという趣味があり、他人から、普段の生活とのギャップが激しい、等と悪言を叩かれていたのだが、どうやらそれらを彼女も見たり聞いたりしている節がある事に気付き、私の彼女に対する意識が徐々に変わってくる。他の奴等とは、別の次元でつながりがある、とでもいうのだろうか。それでぐっと親近感が増したのだが、周りの奴等、ましてや彼女には、それを知る由も無かっただろう。そうして、私と彼女はこれといった進展もなく、付き合いも0でなく100でもない50くらいのまま高校卒業を迎え、私は岡山へ、彼女は東京へと離ればなれになり、連絡は年賀状くらいのもので、実質、密な連絡は途絶えた。
 それから、私は様々な経験をし、様々な恋愛を通り過ぎ、数多くのしがらみを乗り越えたつもりで、高校時代よりは多少大人になったつもりだ。

 私が就職して初めての秋、彼女と突然連絡がついた。きっかけは忘れたが、大した理由ではなかった事は確かである。久し振りに互いの声を聞いた我々は、何となくあの頃よりもマセたお互いを確かめるように、しかし、まるでずっと親しい友人のように、電話であったながらも話が弾んだ。
 それからはしばしば電話をかけ合うようになった。彼女は私の事を少しは信用してくれているようで、いろんな事を話してくれた。彼女も今までにいろんな恋をしてきた事、そしてその結果、少し自分に自信を無くしてしまっている事。僕は何にもしてやれないね、そんなものはさっさと忘れてしまえ、止めてしまえと言ってしまったのだが、私の真意は彼女にちゃんと伝わっているのだろうか。

 そうして今日、彼女と久し振りに会う事になっているのである。

 いろんな想いが少し容量の小さい脳の中で交錯しているまま、私はそおっと喫茶店の扉を開けた。引き立てのコーヒーの香りが鼻の奥を刺激する。マスターが気を使ってか、狹くて薄暗い店の奥で無言で軽く会釈をする。そっと辺りを見回して、すぐに彼女を見付けた。向こうを向いて、まだこっちに気付かない様子だ。これは、私を探してみて、の意思表示である事を、私は経験から察知した。そっと後ろから近付いて、突然言ってやる事にした。「待たせたね」と。



Posted by たおまさ at 09:29